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私は異端者らしい

★ これは先日、「小説家になろう」の活動報告に書いたものです。

自分は人気作家にはなれない。&異端の自分。
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※作品として投稿しようかと思ったが、気の利いたタイトルが思いつかない。

【自分は人気作家にはなれない。】

書籍化についてのエッセイなどを読みながら、思った。

自分の場合は、たくさんの読者が付くことは、ない、と。

なぜなら、私が、特異的・異端的だから、だと――、自覚は薄いが、そう思った。

平均的な感性と、思いのほか、逸脱している、らしい。
もしや、自分は、アスペルガー症候群だったり、あるいは、脳に根本的な差異が、あるのだろうか。

そのため、テンプレ(テンプレート)な要素・話、はたまた、「型」を参考にしても、私の、独自性やらオリジナリティ、作家性とでもいうような、「消せない何か」は、厳しく残る。

人によっては(とくに商業作家さんによっては)、作家性やら、こだわり、強すぎるオリジナリティは、逆に毒だ、邪魔だ、と言っておられるらしい。

だが自分の場合、生きたままの、その形跡とでも言うか、どう書こうと、自然とにじみ出るものだ。
器用に、誰かのコピー文体・作風にするなど、自分には出来ない芸当。精神的に、ムリだ。私の奥底には反発精神が沈んでいる。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

そんなわけで、――、自分には、大勢に受け入れる、平均的な感性は、ない、分からない。

つまり、平均的な作品を作ることが難しく、大多数にまずまず面白いと感じさせるもの、作るに向かない。

そもそも、大勢に読まれることを、人気になることを、目的として、それに合わせ作品内容を作るなんて、――それは虚しい。

自分が作りたいものを、作れないのが、虚しい。

だから、無名で良いと思っている。
大勢の読者がいなくても、自分自身の生き方・思念のようなものを、込めたものを、この世に残せれば、それで本望、か。
それが……自分にしか、できないもの、だからだ。

自分にしか作れない作品・文言を、残そう。その解釈や噛み砕きは、後世の人に任すのも良い。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

考えてみれば、自分は段々と、エンターテイメント寄り(娯楽寄り)の作品を作っている……ように見えて、根本は、変わっちゃいないのかも。

表層を、平易なものに変えても、柔らかなものに取り飾っても、――、その底には、自分の人生を込めようとする、に、行き着くこと、変わりなし。

多くの、なろう作家さんとは、根本的な考えが違っていたのだろう……

自分は、面白い作品を作ることを、重要視していない。
【自分が生きている間に、自分にしか作れないものを、残すこと】を、重要視していたのだと。
それは……、おかしなことだが、本能のような感じだろうか。あるいは無意識。

私の思いは、こう。
面白い作品ならば、他の人々が、たくさん作れるだろう。
ならば、私まで、さらに、面白い作品を作ることは、ない、と。
面白ければ、なお良い。だが、それを重要にはしない。

そこが、自分が人気作家にはなれないことと、つながっている。
そこが、自分が無名作家でいたいこととつながっている?

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【自分が生きている間に、自分にしか作れないものを、残すこと】

自分が、感想など、読者および他人の意見を、重視しないのも、そこにある。

自分は、言ってみれば、「受信機」にすぎないようなもの。

受け取った、見えた、感じた、イメージを、作品の形にすることを、ライフワークにしている――そういう感じだ。

それから考えると、私は、「作者」よりも「仲介者」に近いように感じる。
どこからか流れ出ているものを、自らの脳で察知し、他の方にも認識できるよう、形に変換する作業だ。

ただ、悪いことに、自分は、創作を得意としていなかった。それほど、好きではなかったらしい。
それは、良くも悪くも、だったか。そのために、その使命? みたいなものに、徹することができたのか?

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

自分には分からないが、後世の人は、私が残したものを、いったいどう活用するのだろうか……

私自身が気づかないような価値、それとも、そのまんまデータが含んでいるのだろうか。単なるストーリーに見えるが……

今のところ、それらしい人を見かけないが、同じ感じのイメージを頭で受け取り、作品化している人もいるのだろうか。――いや、見かけないのではなく、すでに見ているが、気づかないのか?
はたまた、埋もれるから、見えないのか。

 …………

はやく、テクノロジーが進歩して、ほしい。

心身改造技術。

望む人工世界に、精神/心をアップロードして、引きこもる技術。

その時が来れば、私のライフワークも、また、よくわからない力に創作させられているような気分も、終わるような気がする。

ああ……そうだ。創作しているのは、そうしないと、自殺に近くなるから……だったか。なぜかは分からない。

今を耐え忍ぶために、空想にひたるために、創作する。が、私には、妄想と希望あふれるだけには出来ないらしい。闇? 思念? 使命? 不思議な力で、作品に何かを混ぜようとするはたらき、感じる。

まるで、心が複数あるようだ。あるのだろう。多分、誰しも、「無数の心の集合体で、精神は構成されている」と、のちの科学で解明できることを、予想している。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

今日は、理解の難しいことを、語ってしまった。
明日の私にも、もはや理解できないだろう――

何かに気づく、ごく一部の、人間?非人間? ……に、向かって、書いたのかもしれない。


私は、今もそうだが、こんなふうに、心の表層と、奥底を、同時に行き来しながら、ものごとを考え、書いてしまうのだろう。
だから、チグハグだ。別々の心/脳箇所で、別々に考えて、ただ、書いてしまう。それは、箇条書きがふさわしかったかもしれない。

多重人格ではないが、その細部まで見れば、誰でもが、少なからず多重人格なのかもしれない。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

この私というものが、なぜか人間として生まれてしまった。

本当には、石とか無生物に、生まれる予定だったか、そもそも、生まれないはずだったのかも、ということは、以前から言った。


この私という存在の、理解しづらさを、この今、書いた、文章から、察してくれれば、もう、それでよい。

自分が、自らの消滅を願うのも、なんとなく、分かっていただけたろうか。
人間として生きるに、向いていないこと、……そこまでは、察せられない、か。
結局は、言葉を、重ねたに、すぎないのだから。



脳を直接接続して、貴方にデータを移送すれば、わけの分からない生きづらさを、体感できるだろうか。……そうするのは酷なだけで、まるで意味のないことだけれど。


いや、もっと苦しんでいる人々もいる。……そういうことではなく――、そうか、いくら言葉を重ねても、人間が理解するときには、単純化されなければ、ならない。
単純化したとき、私の、この、よくわからない感じは、もはや、言葉にならない。はじめから、言葉にはなりにくいもの。

とても苦しんでいる! わけではない。もう、希薄化しているのだ。
ソース……しょうゆ。
ああ、そんな、唐突に、真面目に、よくわからない単語が、ポン、と、脳裏によぎるくらいに、混沌だ。
ソースとしょうゆを煮詰めて、その水溶液に、脳髄が、ポツンと浮かんでいるようなもの、……と言えば、伝わる……だろうか? ムリだ……
それでいて、その脳髄は、全然、痛くない。痛がっていない。ただ、ぼーっとしている。
ただ、何か違う場所にいる。

違和感だ。

そうだ違和感だ。

この世界に存在するという違和感が、私には、幼いときからずーーーっとあった。

幼少のころ、あれは幼稚園にも入るか入らないかの頃。

家の中で、夕日に照らされた、畳を見た。

オレンジ色の、濃い、夕日が、畳を照らしていた。

ただ、それだけ、と思うかもしれない。

しかし、その光景、印象的だ。

そして、そのとき、私は、

「何かを忘れているような……」

という感覚がした。

その感覚、幼少期から成人になるくらいまで、何度となく、頭をよぎった。

その、「何かを忘れているような……」という感覚が、示す時は、

「生まれる前」だった。

記憶をさかのぼり、さかのぼり、……なんだか、生まれる前のことを、差しているようだった、その感覚。

のち、その感覚は無視されて、いつしか、なくなってしまう。

――

もしかしたら、この世界に生まれたが、すぐに別の世界へ行くと思って、残された記憶の名残なのかもしれない。
けれども、もはや、この世界で生きる他ないと知り、絶望しつつ、記憶が消えた。

私の記憶が曖昧なのは、幼少期からの、嫌な体験が多かったから、消されたのだと思ったが――、何か他にもあったのかもしれない。
そうだとしても、もう、消えたのでは、探ることもできない。なおかつ、現代科学で、そんな超能力的・オカルト的・前世/来世的な分野を、探れる技術は、ないだろう。

ああ……、そういうこともあって、未来のテクノロジーを、自分は切望しているのか~

自分が何者なのか、何者だったのか、知れる、かも。

ただの人間だと言い聞かせているが、いつも、どこか奇妙を感じる自分自身。正体がわかれば、良い。
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プロフィール

ワイヤー・パンサー

Author:ワイヤー・パンサー
 私は、身体を、新しくしたい。
 原因不明の苦痛と不快が生じる、現在の身体を、取り替えたい。と、願っている。
 しかし、自分には、その技術もなければ、展望もない、知恵もない。どうしようもない。
 できるのは、祈ること、願うこと、だけだった。…哀しい。
 なんとか、せめて、私にできることは、自らの想像力で、イメージをつづること、だった。

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